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時の忘れ物 ~記憶の片隅に忘れ去られた一筋の光~
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不確実論
2005-07-24-Sun  CATEGORY: 理論
数学の好きな人の中で大体の人はその理由の一つに「答えがひとつしかなく、明確だ」といったことをあげる。
確かに数学には確実性がある。
世の中のほとんどのことは数学によって解明される。
たとえば、有名なところで「黄金比」というのがある。
これは、1:1.618という比率は人間がもっとも美しく見える比率なのだそうだ。
それが証拠に人間の顔は黄金比である。
顔の天辺からから鼻までの値と鼻からあごまでの値の比率が1:1.618である。
(これは私の好きな番組「世界一受けたい授業」で秋山教授がやっていた。)

だが、世の中すべてが確実であればいいのだろうか。
否、それは違う。
私の好きな学問のひとつに「カオス学」があるが、これは端的に言えば「不確実性」をもとめる学問である。
カオスとは「混沌」「無秩序」という意味だが、実際には状態が一定でないものはすべてカオス的といえる。
このことをカオス学では非線形である、という。

話を戻すが、不確実性がもたらすものは一体なんだろうか。
それは「変化する値」である。
これが意味するものは何か。
ある一定の値から別の値に変化することはどんなことでも起こりうるものだ。
しかし、その次の値がどんな値であるか分からないのが不確実性である。
われわれ人間だってこの「不確実性」の元に成り立っている。
受精によって生まれる命の形はある程度は遺伝子工学等によって予測はつくかもしれないが完全な形はできてみないと分からない。
だから面白い。
そう、不確実であるということは、先が見えないからこそ面白いのだ。
これが数学的確実性によって完全な形が垣間見えたならその喜びや興奮は半減するだろう。
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