ここは私という人間の思考によって生み出された数々の文章を保管しておくところです。 コメント等いただけるとありがたいです。
時の忘れ物 ~記憶の片隅に忘れ去られた一筋の光~
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右脳型OSから左脳型OSへの移行
2005-07-20-Wed  CATEGORY: 昔書いたもの
2003年12月6日作成



私は以前MacOSを使用していた。MacOSは殆どの作業をマウスのみで行い、キーボードで代用できる操作は極わずかだ。ショートカットと少しのキー操作だけである。従って、これを使っているうちに私の意識も次第と右脳的になっていった。具体的に言うと、右脳というのはイメージ脳といい感情的で、芸術の才能などはここで決まる。その為右脳的に移行してゆくと次第に感情的な性格になってゆくのだ。そのためこの時分の私は自己の発する言葉にも感情的になっていった。だがそれによってわずかながら外向的な部分も形成されてくるのであった。従ってこのときは電子玩具の享楽(ゲーム)に明け暮れていた。また創作行動としても右脳を使う絵画などが殆どで今のように文章を打つことはほとんどなかった。
だが、ある一冊の雑誌によってそれは少し変わってきた。
その雑誌には付録でCD-ROMがついているのだが、その中にあった「青空文庫」によって私は文学の世界にふれることとなるのだった。
その中で私がはじめに読んだのは萩原塑太郎の「猫町」。それを読んで私は日本文学のおもしろさに目覚めたのだ。それ以来私はいろいろな先人の作品を読み始めた。だがここではまだ読むだけで自分で書くと言うことはしなかった。


日本文学のおもしろさに目覚めさせてくれたこの雑誌は、私にもう一つのおもしろさを発見させてくれた。それは書く愉しみである。
その雑誌の「目玉温泉」というコラムが、私の中に眠っていた書く力を再び呼び起こしたのだ。しかも先述の日本文学の出会いの相乗効果もあり、その力は多大なものだった。
だが、その「目玉温泉」が提供した「書斎」は、私にとって最高といえる執筆環境ではなかったのだ。
まず、この書斎が入っているコンピューターがデスクトップ形で持ち運べなかったこと。次に、この書斎の環境は読むには最高だがこの読むときの最高の環境は読むことが出来るだけで、書く際にはもっと悪い余りよくない環境で書かなければならないこと。
以上のことがあって、私は作品を1つ仕上げただけで行動を止めてしまった。そしてまた再び電子玩具の享楽に堕落していったのである。



それからしばらくして、私はあるツールを求めていた。それは長年愛用していたノート型MacOS搭載機が永眠(致命的な故障)したためその代用を探していたのだった。
当初はやはり同じようなMacOS搭載機を求めていた。そしてとある場所に新しくできた「ハードオフ」に行ったときにそれを発見したのだった。だが、その値段たるや私の懐具合では到底買える値ではなかった。(そこには安い値で左脳型OSを搭載したノート型マシンがずらりと並んでいたが、私はまだそれらを買う気は微塵もなかった。なぜなら当時私はその左脳型OSを毛嫌いしていたからである。)それから幾月かたったある日、弁当工場が廃業になって失業した母が私を「PUMP」へ連れていってくれた。
そこで眼にしたものは一見するとノート型のPCかと思いきやそれは型遅れのワードプロセッサだった。私は一瞬それを買おうかと思ったが、ふと思いとどまってその場を去った。
それから数日後私は再びあのハードオフに向かった。
そこのジャンクコーナーという半ばがらくたのような(ジャンクという言葉自体、がらくたを意味する)機械が山積みになっている、明るい店内のその中でもほの暗いそのコーナーは、異様な雰囲気を醸し出していた。
私はその中のあるワープロが気になっていた。それは、

  電源ON OK
  カラー液晶  8000円

などとかかれたものだったが、これを買おうと思っていた。だが買う前に一応母に見せておこうかと思い(この時点では若干迷っていた)、それを見せると、
「こんな動くかどうか分からないものはやめておけ」
といわれた。私は半ば困惑気味で店内を後にしようかと思った時、ジャンクではない、保証付きのワープロが目に入った。
それは1万円だったのだが、私は唐突に
「これにしよう」
などと(今になってもどういう訳でこのワープロを買ったのか思い出せない。一体このときの私の頭の中はどうなっていたのだろうか。今の私なら迷わずこんなワープロではなく安い値(およそ1~2万円程度)である左脳形OS搭載の小型ノートマシン(欲は覚えていないが、確かシャープのテリオスだとかNECのマシンなんかもあった。このH/PCと同じような大きさのものもあった)を買っただろう。実際その場にはそれがあったのに・・・)いってその場にあったワープロを購入した。



このワープロを買ってからは少し左脳的になったかも知れない。
最初は嬉しくてその日にあったことや驚いたことなど半ば日記のようなものを書き連ねていたが、しだいにネタにつきてくるとしだいに架空な事を書くようになった。それでももう書くことが無くなると、先述の青空文庫の文学作品を右脳形OSからフロッピーでコピーして読むようになった。
それと、この時期私は絶望の淵に立っていたため、暗い文書が多い。

5(ここからは加筆)

それから少し経って、このワープロで大した作品を作ることも無いままDOS版「モバイルギア」を購入した。(勿論中古)
それからというものこのワープロはクローゼットの奥にしまわれたままだ。
しかし、そうして買ったモバイルギアも長い間使うことは無かった。
なぜならそれから後であるリサイクルショップのオークションで「日立のペルソナ」を落札したからである。
スタイラスペンで絵を書くことができ、表計算やワードパッドと同等の編集機能を持った「PoketWord」など数々のソフトがROM上にインストールされていたこのコンパクトPCを手に入れた時点でもはや「モバイルギア」は用済みとなった。

しかし、しばらく使っているといくつかの不満が出た。
まず、「PoketWord」は動作が遅すぎる。
しかしこれは内臓のProtech製「SuperEditer」を使うことで解決できた。(これはエディタなのでPoketWordのように文字の修飾はできないが)
次に日本語フォントがMSゴシックしかなかったことだが、これもWindowsマシンからシリアル経由でフォントファイル(.ttc)をFontフォルダに転送することで解決した。



あれからどれくらい経っただろうか。
非常に重宝していたペルソナも今は壊れて動かない。
それから、サブマシンとしてThinkPad535eを中古で購入した。
しかし、所詮別物。
WindowsマシンにはWindowsCEマシンの代わりは勤まらないのだ。

7(編集後記)
このテキストは途中までしか書いていなかったので残りを加筆したが、
どうにか一貫性を保つことができた用に思う。
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